◎ English follows Japanese. 英語が日本語に続きます。
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最初にミャンマーを訪れた2012年は、民主化からまだわずか半年が経った頃。各方面では依然として多くの規制や混乱が見られる一方で、ヤンゴン国際空港には半年以内に国外の航空会社6社が一気に新規就航を決めるなど、東南アジアの旅行市場における「最後のフロンティア」の開放に沸き返るような印象があった。あれから約2年。実際にミャンマーの航空事情や観光産業が現在までにどのように変化したかを確かめるため、ミャンマーの主要都市を再訪した。
ヤンゴン国際空港の滑走路に着陸する航空機の窓から、駐機場や誘導路を遠望して驚く。アジアの大手航空会社の中型機や、初めて見るロゴやマーキングを施したミャンマー国内航空の最新鋭機が数多く目に入ってきたからだ。わずか2年前にはこのエプロン(駐機場)に、ミャンマー国際航空(MAI)の垢抜けないデザインの航空機や、運用しているのかどうかも定かではない様子の国内航空の小型機数機が、まるで時間を持て余すように佇んでいたことを思い出すと、目前の光景はまさに別世界である。
いきなりの大変化に少々慌てながら到着ロビーの入国審査(イミグレーション)に進むと、そこにはかつて感じたある種の緊張感がほとんどないことに気づく。係官も訪問者に積極的に笑顔で接しているようにさえ見える。もちろん、一連の手続きはスムーズかつ気持ち良く進む。かつて米ドルしか受け付けず、交換レートが非公表で不明確なために「立ち寄ってはいけない」とされていた到着ロビーの唯一の両替所も、今や5箇所以上ある両替所の一つに過ぎない。どのカウンターにも為替レートを表示するモニターが掲げられ、米ドル以外にもユーロやシンガポール・ドルを、そして日本円を取り扱うところさえある。考えてみれば今やこの空港へは、成田空港・茨城空港からも直行便が就航しているのだ(注:2014年当時)。日本を含む各国からやって来る旅行者は、かつてのような限定的な施設やサービスではもう納得しないのだろう。需要がサービスなどの供給を促し、供給が需要を呼ぶという、発展の好循環が起きているのかもしれない。はっきり言って、今のヤンゴン国際空港の国際線ターミナルは、大混雑する東南アジアのメガ空港よりもはるかに快適だと思わせるほど、その寛容で前向きな活気がとても印象的だ。
エネルギーに満ちたヤンゴン市街を歩く。以前より、伝統 1 的な巻きスカート『ロンジー』を着用している男性が減ったように思える。パンツやスラックスを穿くことがトレンドなのだろうか。また、「サンダル履きでない」ヤンゴン市民が多くなったことも目に付く。2年前は、場所によっては靴を履いているのが旅行者である自分だけで、子どもたちが近づいてきて、私の埃まみれのトレッキングシューズをジロジロと眺めていたことを思い出す。街中にはポツポツとではあるが日本食レストランが増えていることも、この都市の大きな変化を表している。外国資本の進出は当面、その勢いを止めそうにない。
一方で、市内の道路整備や渋滞対策はまだまだ進んでおらず、国が今後の主要産業と位置づける観光資源の開発も、ほとんどがまだ手付かずに近い状態だ。寺院や遺跡などの主要な観光地の本格的な整備はこれからで、現在の訪問者はミャンマー人の国内旅行者がメインである。日本基準の安心安全な『観光ツアー』がヤンゴンで実現するのはまだ先になりそうだが、狭くでこぼこした道路を、待ちきれないといった様子の中国・韓国・西欧からの団体観光客を乗せた超大型バスが高速で走り抜けていく。それはまさに、時代の変化がリアルタイムで展開している光景だ。
国内線のフライトでヤンゴンを離れてみることにする。2年前はまだ、運航の定時性が低いことや航空券の購入が難しいことなどから、利用の敷居は高かった。そもそも外国人の立ち入りが禁止されていた地域も多く、ヤンゴン以外の地域への国内移動には、それ相応の心の準備が必要だったのだ。しかし今回は、ホテルのツアーデスクを通じてAIR KBZ(エア・カンボーザ)のフライトを簡単に手配できた。同社はミャンマーの主要銀行の一つであるKBZ(カンボーザ)銀行が運営する、国内で最も新しい航空会社の一つだ。ATR-72を6機保有と運航規模は小さいながらも、従来からある国内線航空会社のエア・マンダレー、バガン航空、ヤンゴン航空などとは一線を画すのは、低料金でありながら定時運航と高い顧客サービスを提供している点にあるという。門戸が開かれたミャンマーの空の最前線を飛ぶ翼、と言ったところか。
搭乗するのは、ヤンゴン発ニャンウー(バガン)行きの早朝のフライトだ。このルートは欧米人を中心とした個人旅行者に人気があり、ヤンゴン出発は未明にもかかわらず、ほぼ満席である。1時間ちょっとのフライトで運賃が約12,000円というのは、決して安くはない。これで「低料金が売り」というのは、これまでの他社の国内線がいかに高かったかということだろう。ほとんど期待していなかった機内サービスだが、なんと、しっかりとした朝食が提供され、クルーも終始笑顔である。機窓から差し込む朝日もすがすがしく感じられ、薄暗く緊張感に溢れていたこの国のかつての国内便とは雲泥の差だ。
搭乗者の8割は、経済的に余裕がありそうな風貌の欧米人だ。彼らの旅のバイブルとされているガイドブック『ロンリープラネット』のミャンマー版には、かつて「最終的に軍事政権の資金源となる政府系の旅行代理店や店舗・サービスは利用すべきではない」と書かれていた。現在、多くの欧米人が観光目的でミャンマーに文字どおり押し寄せているのは、体制の民主化によってそのような縛りから一気に解放されたからかもしれない。
快適極まりないフライトでミャンマーの大地を北上し、朝焼けのニャンウー空港に到着する。ターミナルは一定の規模はあるものの、旅客関連の施設はかなり限定的だ。施設の大半は、国内の物資輸送や軍関係のロジスティクス(兵站)拠点なのだという。到着した機体から降ろされる預け手荷物は、空港スタッフが一つひとつ担いで到着ロビーまで運び、持ち主である旅客に笑顔で手渡してくれる。搬送用のトラックやターンテーブルがないと言えばそれまでだが、その手作業のパーソナル感がたまらない。ある意味、究極の顧客サービスと言えるだろう。
ニャンウー空港は広大なバガンの遺跡群など、観光地への玄関口だ。出発ロビーと到着ロビーは同じフロアの一つの空間にあり、観光地らしく、絵葉書や切手などを売るカウンターなどもある。ここで外国人旅行者は、例外なく広域バガンエリアの観光パスの購入を求められる。これは、地域の寺院や遺跡に有効期限内なら自由に入場できるパスだが、実際には各施設への入場時に確認されることはほとんどない。寄付金やお布施のような位置づけなのだろうか。しかし、ミャンマー人は購入する必要がない。外国人だけにこうした入場料などの支払いを求める仕組みは、ミャンマー全土の寺院参拝などでも一般的だ。国の歴史や文化に由来する理由はあるのだろうが、国際的な観光産業の基準に照らし合わせると、この仕組みは今後長くは続かないのではないだろうか。
翌朝、ニャンウー空港からミャンマー第二の都市・マンダレーの空港へ向かう。このフライトは、昨日乗ってきた便の続きの区間(セクター)である。エアKBZのこの便は、ヤンゴン→ニャンウー→マンダレー→ヤンゴンという周回ルートで運航しているのだ。まさに開放された航空市場において、外国人旅行者などに最も需要のあるルートを効率良く飛んでいるのである。
マンダレー空港に到着する。ターミナルはかなり大きく、比較的新しいデザインであるものの、随所に激しい傷みが見受けられ、何よりも全体的に閑散としている。需要と供給のバランスが極めて悪い印象だ。市内までの約1時間の乗り合いタクシーが1人あたり米12ドルというのも、現地の物価に照らすと、とんでもなく高い設定だ。なぜこれほど空港が遠いのか? 市内中心部に近かった旧空港が環境・騒音問題などを理由に1999年に閉鎖され、同時に市内から約40キロ離れた場所にこの新空港が開港した。大空港の建設はマンダレーの観光開発のため、との名目だが、遠い未来を見据えた壮大な計画なのか、何かの計算違いの結果なのかは分からない。市内と空港を結ぶ高速道路も、異様なほど立派に整備されている。ちなみに、同空港施設の今後30年間にわたる維持管理業務については、2013年に日本の共同企業体が優先交渉権を獲得している。ミャンマーの観光開発において、日本の空港管理運営のノウハウが長期にわたって活かされることになるかもしれない。
ミャンマーの古都・マンダレーは不思議な都市である。ヤンゴンとは異なる文化を持つ民族が暮らし、中国国境が近いことからか、街には漢字が溢れ、文化にも多様性があるように見受けられる。しかし、中国の影響は地理的なものだけではないそうだ。ミャンマーの民主化に伴い、世界中が最大都市ヤンゴンへの進出に目の色を変えているが、中国はその地理的なメリットを活かして、何十年も前から戦略的にマンダレーへ経済進出しているのだという。経済的な結びつきと存在感を確固たるものにし、新しい国際市場で独占的な影響力を持とうとしている、とも言われている。ただ、国境では入国や物資の搬送に際して賄賂がはびこり、偽のミャンマーIDが売買されているといったダークな事実も伝えられる。マンダレー市内の国営観光案内所のスタッフに「ここは中国の影響が大きいですね」と水を向けると、無言で「仕方がない」といった表情をする。デリケートな政治問題が絡むものの、経済への影響は大きく、現状ではどうすることもできない、ということか。
それでも、マンダレーの街と人々は活気に溢れ、同時にどことなく穏やかな古都の風情も楽しめる、魅力的な土地だ。食文化は極めて豊かで、人々は穏やかでフレンドリー。多くの人々が日本人に興味津々である。ミャンマーを訪れるなら、ヤンゴンに続いてマンダレーの街歩きもお勧めだ。
帰路は、マンダレー空港からバンコク・ドンムアン空港へ直接向かうタイ・エアアジアに搭乗する。同社は近隣の発展国の大手LCCとして、ミャンマーの航空市場開放に敏感に反応しており、すでにヤンゴンとマンダレーに合わせて毎日4便を運航するだけでなく、搭乗者向けにマンダレー市内と空港間に無料バスを運行するという力の入れようである。
フライトは13時台の出発であるにもかかわらず、無料バスは朝9時に市内を出発する。空港に着いても、航空会社のスタッフはいないどころか、保安検査場もまだ開いていない。旅客は出発ロビーに放置される形になる。空港の案内所にも誰もいない。ターミナルの周囲はジャングルのようで、店舗なども一切ない。搭乗手続きが始まるまでの数時間、旅客はまるで建設途中かと思うような閑散としたロビーのベンチに座っているしかないのだ。ただ、このような「辺境」とも言える空港では、見知らぬ者同士の旅客が互いに多くを語らずとも、まるで小さなボートで運命を共にする漂流者のように親近感を覚えてくるもので、それはそれで貴重な旅の体験ではある。無料バスの提供は、旅客のコスト削減だけでなく、チェックインの遅れや乗り遅れを防ぐためのサービスでもあるそうだが、今後、顧客満足度をさらに高めるための工夫が必要だろう。
今回のミャンマー再訪では、まだまだ開発途上にある多くの観光資源を目の当たりにした。変化が猛スピードで進んでいる部分と、そうでない部分との差が非常に大きい、という印象だ。そして、日本からの旅行者が気軽に観光で足を運べるようになるまでには、解決すべき課題が多いだろう。しかし、新たな航空市場・旅行市場としてのポテンシャルは極めて高いように思える。そう思う理由の一つは、あの「ダメダメ」だった国内線フライトの質の、劇的とまで言える進化だ。なかでも、地上職員や客室乗務員のフレンドリーで的確なサービス、そして前向きな姿勢が最も印象に残った。未来への期待を感じさせる、フレンドリーな人々の笑顔こそが、この国が持つ最高の観光資源の一つなのではないか——などと考えるのは、少しミャンマーとミャンマー人に対して贔屓目に過ぎるだろうか。
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Opening Skies: A Return to the Last Frontier – Myanmar
This journey took place in 2014, capturing a specific moment in Myanmar’s rapidly evolving landscape.
My first visit to Myanmar was in 2012, barely six months after the dawn of its democratization. While many regulations and a sense of turmoil lingered across various sectors, change was palpable. Yangon International Airport, for instance, was already buzzing with the news that six foreign airlines were set to launch new routes within the half-year. It felt like Southeast Asia’s “last frontier” was finally cracking open, brimming with anticipation. Two years had passed since then, and I returned, eager to witness firsthand how Myanmar’s aviation scene and tourism industry had truly transformed.
Peering out the aircraft window as we landed on the tarmac at Yangon International, I was immediately struck by the view of the apron and taxiways. It was a world away from what I remembered. Parked were medium-sized jets from major Asian carriers and, even more surprisingly, brand-new aircraft sporting unfamiliar logos – Myanmar’s domestic airlines. It was a stark contrast to just two years prior, when the same apron hosted a few dated Myanmar Airways International (MAI) planes and a handful of small domestic aircraft that looked questionably operational, seemingly idling the hours away. The scene before me was undeniably different.
Slightly taken aback by this sudden transformation, I proceeded to immigration in the arrival hall and noticed another significant shift: the near absence of the underlying tension I’d felt before. Officials even seemed to be making an effort to greet visitors with smiles. Naturally, the entire process flowed smoothly and pleasantly. The single, notorious currency exchange counter in the arrival lobby – once advised to be avoided due to its acceptance of only US dollars and opaque, unpublished rates – was now just one among five or more. Each counter displayed exchange rates on monitors, accepting not only US dollars but also Euros, Singapore dollars, and even Japanese Yen. It made sense; direct flights now connected Yangon to Tokyo’s Narita and even Ibaraki Airport (as of 2014). Travelers arriving from Japan and elsewhere clearly wouldn’t settle for the limited facilities and services of the past. Perhaps this was the virtuous cycle of development in action: demand driving supply, and improved supply attracting more demand. Frankly, the international terminal at Yangon International now felt significantly more comfortable than many overcrowded mega-hubs in Southeast Asia, radiating an impressive, welcoming, and forward-looking energy.
Walking through the vibrant streets of Yangon, I noticed fewer men wearing the traditional longyi skirt than before. Had trousers and slacks become the trend? Another observation was the increased number of Yangon residents not wearing sandals. I recalled how, two years earlier, I was sometimes the only one in shoes in certain areas, attracting curious glances from children who would stare at my dust-covered trekking boots. The emergence of Japanese restaurants, though still sparse, also signaled a significant change in the city. The influx of foreign capital showed no signs of slowing down.
However, progress in urban road maintenance and traffic management lagged significantly. The development of tourism resources, designated by the government as a key future industry, remained largely untouched. Major historical sites like temples and ruins awaited serious upgrades, with domestic tourists still comprising the main visitor base. While reliable, safe “tour packages” meeting international standards seemed a distant prospect in Yangon, the narrow, bumpy roads were already being navigated at high speed by oversized coaches packed with eager tour groups from China, South Korea, and Western Europe – a real-time spectacle of a nation in flux.
I decided to venture beyond Yangon via a domestic flight. Two years ago, this would have been a daunting prospect due to unreliable schedules and the difficulty of purchasing tickets. Many regions were off-limits to foreigners altogether, requiring considerable mental preparation for any domestic travel outside Yangon. This time, however, booking a flight with AIR KBZ through my hotel’s tour desk was remarkably easy. Affiliated with KBZ Bank, one of Myanmar’s major financial institutions, AIR KBZ was one of the newest domestic carriers. Though operating a modest fleet of six ATR-72s, it distinguished itself from established domestic airlines like Air Mandalay, Bagan Air, and Yangon Airways by reportedly offering punctuality and superior customer service despite its lower fares. It felt like flying on the cutting edge of Myanmar’s newly opened skies.
My flight was an early morning service from Yangon to Nyaung-U (the gateway to Bagan). This route is popular among independent travelers, mainly Westerners, and despite the pre-dawn departure from Yangon, the flight was nearly full. A fare of roughly $120 USD for a flight just over an hour isn’t exactly cheap. That this was considered “low cost” spoke volumes about how exorbitantly priced other domestic carriers must have been previously. I had low expectations for the in-flight service, but surprisingly, a proper breakfast was served, and the crew remained cheerful throughout. The morning sun streaming through the window felt refreshing, a world apart from the dimly lit, tense atmosphere of domestic flights in the past.
About 80% of the passengers appeared to be relatively affluent Westerners. Their travel bible, the Myanmar edition of Lonely Planet, had previously advised against using government-affiliated travel agencies, shops, and services, as the money ultimately funneled back to the military regime. The current influx of Western tourists visiting Myanmar seemed directly linked to the country’s democratization, freeing them from such ethical constraints.
The exceptionally pleasant flight headed north over the Burmese landscape, landing at Nyaung-U Airport under the morning glow. The terminal was reasonably sized, but passenger facilities were quite limited. Apparently, much of the airport served as a hub for domestic cargo and military logistics. Checked baggage unloaded from our plane wasn’t put on a truck or carousel; instead, airport staff carried each bag individually to the arrival hall, handing it directly to its owner with a smile. You could say it’s because they lack conveyor belts, but the personal touch of this manual process was undeniably charming – perhaps the ultimate form of customer service, in its own way.
Nyaung-U Airport serves as the gateway to the vast temple plains of Bagan. The departure and arrival areas shared a single space on the same floor, featuring tourist-oriented counters selling postcards and stamps. Here, all foreign visitors are required to purchase a tourist pass for the wider Bagan Archaeological Zone. This pass grants entry to temples and ruins within its validity period, although, in reality, it was rarely checked at individual sites. Perhaps it functions more like a mandatory donation? Notably, Myanmar citizens are exempt. This practice of charging entry fees only to foreigners is common at temples throughout Myanmar. While there might be historical or cultural reasons for this, judged against international tourism standards, it seems unlikely to persist long-term.
The next morning, I flew from Nyaung-U to Mandalay, Myanmar’s second city. The flight was essentially a continuation of the previous day’s journey; AIR KBZ operated this route circularly: Yangon → Nyaung-U → Mandalay → Yangon. It was a clear example of efficiently serving the most in-demand routes for foreign travelers in a newly liberalized air market.
Upon arrival at Mandalay Airport, I found a considerably large and relatively modern terminal, yet it showed signs of heavy wear and tear and felt strikingly deserted. The imbalance between its capacity and actual use was stark. A shared taxi ride to the city center, taking about an hour, cost $12 USD per person – an astronomical price relative to local living costs. Why was the airport so far out? The old airport, closer to the city center, was closed in 1999 due to environmental and noise concerns, coinciding with the opening of this new facility roughly 40 kilometers away. Officially, the massive airport project was intended to boost Mandalay’s tourism development. Whether it was a grand, far-sighted plan or a miscalculation remains unclear. The highway connecting the city and airport was also disproportionately grand and well-maintained. Interestingly, in 2013, a Japanese consortium won the preferential negotiation rights for the airport’s maintenance and management over the next 30 years. Japan’s expertise in airport operations might play a long-term role in Myanmar’s tourism development.
Mandalay, Myanmar’s ancient capital, is a fascinating city. It’s home to ethnic groups with cultures distinct from Yangon’s, and its proximity to the Chinese border is evident in the prevalence of Chinese characters and a perceived cultural diversity. However, China’s influence isn’t merely geographical. While the world focused its attention on establishing a presence in Yangon following democratization, China, leveraging its geographic advantage, had apparently been strategically investing in Mandalay’s economy for decades. Reports suggest China aimed to solidify its economic ties and presence, seeking dominant influence in the newly opened international market. Yet, whispers of a darker side persist: stories of bribery rampant at the border for entry and goods transport, and the trade of fake Myanmar IDs. When I casually remarked to a staff member at the state-run tourist information center in Mandalay, “There’s a strong Chinese influence here, isn’t there?” he responded with a silent, resigned expression that seemed to say, “It can’t be helped.” It hinted at delicate political issues intertwined with significant economic impact, a situation seemingly beyond local control for now.
Despite this, Mandalay’s streets and people are vibrant, yet the city retains a somewhat serene, old-capital charm, making it an appealing place. The food culture is exceptionally rich, and the people are generally calm and friendly, many showing genuine curiosity towards Japanese visitors. If you visit Myanmar, exploring Mandalay after Yangon is highly recommended.
For my departure, I flew directly from Mandalay to Bangkok’s Don Mueang Airport with Thai AirAsia. As a major low-cost carrier from a neighboring developed country, Thai AirAsia had reacted swiftly to Myanmar’s market opening. It was already operating four daily flights combined to Yangon and Mandalay and, impressively, even offered a free shuttle bus service between Mandalay city and the airport for its passengers – a sign of serious commitment.
Although my flight departed in the early afternoon (around 1 PM), the free shuttle left the city at 9 AM sharp. Upon arriving at the airport, not only were there no airline staff present, but the security checkpoint wasn’t even open yet. Passengers were essentially left stranded in the departure lobby. The airport information desk was also unmanned. Surrounded by what looked like jungle, with absolutely no shops or amenities nearby, passengers had no choice but to wait for hours on benches in the desolate lobby, which felt almost like it was still under construction. However, in such a “frontier” airport setting, a strange camaraderie developed among the strangers waiting together. Without exchanging many words, we felt like castaways sharing fate on a small boat – a rare travel experience in itself. While the free bus likely aimed to save passengers money and prevent late check-ins or missed flights, further refinements are needed to enhance customer satisfaction.
This return trip to Myanmar revealed many tourism resources still in the early stages of development. The contrast between areas undergoing rapid transformation and those seemingly untouched by change was striking. Much work remains before Myanmar becomes an easily accessible destination for casual tourists from countries like Japan. Nevertheless, the potential of this emerging aviation and travel market seems immense. One reason for my optimism is the dramatic improvement in the quality of domestic flights, which were once so unreliable. Most impressive were the friendly, efficient service and positive attitude of the ground staff and flight attendants. Perhaps the welcoming smiles of a people hopeful for the future are one of this country’s greatest tourism assets. Or am I perhaps being a little too partial to Myanmar and its people?
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