◎ English follows Japanese. 英語が日本語に続きます。
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バスクはスペイン北部とフランス南西端の大西洋側のビスケー湾に面した地域である。独自の歴史・文化と言語を持ち、スペイン側のバスク文化圏とされる地域(バスク自治州の3県とナファロア自治州)は、スペイン本国から高度な自治権を与えられている。そこにはフラメンコと闘牛とは違うスペインがあり、広く隣国フランスにまたがる単一の文化圏を形成しているという。そして「食はバスクにあり」とも称賛されるほどの豊かな食文化も気になるところだ。そんな旅心に誘われるまま、初夏のバスク地方をスペイン側からフランス側まで縦断した。
バスク自治州の中心都市はビルバオ(Bilbao)だ。ビルバオ国際空港には国内各社がマドリード・バルセロナから国内線を運航しているのに加え、本数は少ないがヨーロッパ各国のLCCがロンドンやパリなどから国際線を就航している。到着してまず驚くのが、巨大な鳥の翼か、くちばしのようにも見える、天井部分が空に突き出したターミナルビルの意匠である。建物自体の規模は大きくはなく、またある種の懐かしさを感じる芸術性に富んだ建築だが、デザインが画一化している世界の空港ビルの中ではそのアーティスティックなインパクトは突出している。ターミナル2階の出発ロビーに上がると、曲線と直線の柱が組み合わされた巨大な構造は吹き抜けになっていて、はるか上空のガラスの窓からは自然光がふんだんに、また複雑に取り込まれている。設計はフレーム構造を特徴とするスペイン人建築家サンティアゴ・カラトラバによるものだというから、納得だ。市内ではこのターミナルの写真を使った絵葉書も売られているから、地域でもシンボリックな存在なのだろう。ちなみにターミナル内のすべての案内表示などは、スペイン語と英語よりも上にバスク語である。
人口30万超のビルバオは、歴史のあるヨーロッパ的な古い街でありながらも、中心部は驚くほど美しく整備されている。歩道にはゴミひとつ落ちておらず、裏道でさえ少々危険な匂いがほぼしないことが、ヨーロッパの都会としては驚くべきことのように感じる。それには理由がある。ビルバオはスペイン黄金期には国内随一の商都として発展し、19世紀の産業革命期から20世紀初頭までは鉱業・製鉄・造船業の街として繁栄を極めた。世界最古の鋼鉄製運搬橋として2006年に世界遺産に登録され、現在も現役で使用されているネルビオン川河口に架かる「ビスカヤ橋」も、街の鉄鋼業の最盛期に建設されたものだ。しかし、スペイン国内および同地域における鉄鋼業など工業の衰退と共に街は勢いをなくし、荒廃していった。時を同じくして、バスク地方のスペインからの独立を主張する運動が激化。一部は過激派集団となりマドリードなどでテロ行為に及び、バスクとビルバオの暗い時代が続いた。その後21世紀に入り、同地域がスペインから従来よりも高度な自治権を獲得し、また過激な独立運動の停止が宣言されてから、この街が取り組んだのは芸術を軸にした街の再生だったのだ。その核となるプロジェクトが、ニューヨークにあるグッゲンハイム美術館の分館誘致であった。世界有数の現代美術館「グッゲンハイム」の初の海外分館を街の中心部に建設し、それを中心にかつての鉄鋼の街をアート産業の拠点に変革しようとする構想だ。果たしてその取り組みは成功を収め、「グッゲンハイム・ビルバオ」は1997年の開館から現在までにビルバオを象徴する存在となる。それに伴い街の中心部は大胆に整備され、芸術の街にふさわしく、エリア全体で徹底的な美化にも取り組んでいる。スペインの経済不安や若者の高い失業率といった厳しい現実から切り離されたような、人為的な「美しすぎる都会」という印象はあるものの、少なくとも旅行者としては不快な思いをしない、落ち着いた都市の佇まいである。ビルバオは大規模な都市再生の成功例として、歴史に刻まれていくのだろう。
ビルバオは夜も長い。緯度が札幌と同じほどの高さであることもあり、夏至の頃には夜10時半くらいまで空は明るい。長い夏の夜をとことん楽しむかのように、深夜まで街中では人通りが絶えない。バルなどの飲食店は毎夜、多くの人で賑わっている。旅行者だけでなく地元の老夫婦や家族連れなどもいることから、街全体が安全であることが分かる。
バルには、マドリードなどで「タパス」と呼ばれる、酒やコーヒーなどのつまみとして楽しむ小皿料理が、「ピンチョス」というバスク風の名前で店内のカウンターに置かれている。味付けが控えめなのが特徴で、豊富なシーフード料理には、どこか日本の郷土料理を思い起こさせるものも多い。実際、バスク地方の料理は素材と調理法の多様性が特徴で、またそのレベルが高く、スペイン国内から移り住んでくるシェフも多いと聞く。酒も豊富でスペインワインはもとより、地元のりんご酒「シドラ」がおすすめだ。リンゴ果汁本来の甘さに加え、果肉や皮のすぐ裏あたりのわずかな渋みもしっかりと残る、癖になる舌触りと香りの天然発泡酒である。
ビルバオからバスク地方を東に進む。移動にはバスや鉄道が便利だ。チケットの購入などでは英語はあまり通じないが、交通サービス自体はよく整備されている。向かう先はビルバオから約100キロ離れた海岸の街、サン・セバスティアン。バスク語でドノスティアである。ここはスペイン王族の避暑地でもあったという、海風が心地よい風光明媚なリゾート地なのだが、誰もが楽しめるようバルや格安の宿「ペンション」が充実している。それでもリゾート地にありがちな旅行者をからかったり、トラブルを引き起こしたりするような(つまり野暮な)雰囲気がほとんど感じられないのが印象的だ。ここはどこまでも大人の落ち着きと安心感、そして美食に満ちているのである。
投宿先のペンションで若い女性に話を聞く。バスク地方のスペインからの独立については「今も独立の機運はあるけど、過激な運動はもうないし、これからはいろんなことが選挙で決まっていく。独立を主張する友人も多いけど、私は両親がそれぞれスペイン人とバスク人のいわゆる『ハーフ』。それもあって独立するよりスペインのままでいたほうがいいと思う」という。バスクの言葉についても尋ねると、「バスク語で『バスク語』は『エウスカル』。スペイン語とは文法も発音も全く違うから、自分はバイリンガル」と言い切る。そして「そうそう、日本語ってエウスカルに発音が似てるの。日本人が話しているのがエウスカルに聞こえることがある」とも話し、彼女の名前「イチア(Itziar)」が日本人の名前のようだと言われたことがあると、なんだか嬉しそうだ。
バスクの人々が話す言葉は、言語学的にはルーツが解明されていないらしく、エウスカルは青銅器時代に小アジア(現在のトルコ東部あたり)から移動してきた人々の言葉が起源だという説もあるという。多文化や多言語を受け入れる素地には、そうした民族的な背景があるのかもしれないということか。しかし、そんな彼らがスペインという大きな国の中で、また多様なヨーロッパの中で、バスク人として自身のアイデンティティを保ち続けるとは容易ではないはずだ。ましてやそのアイデンティティが、歴史や明確なルーツの上に確立されたものではなければなおさらだ。それは、今まさに彼ら自身が日々大切にし、次の世代に伝えている形のないもの、日々の暮らしそのものにリアルタイムで息づくものなのだろう。旅のルートからは少し遡るが、バスクの歴史と文化については、ビルバオ市内のバスク博物館がおすすめだ。そこでは、一般に知られているスペインとはまったく別の、穏やかで豊かな人々の昔と今の暮らしぶりを垣間見ることができる。
足をさらに東に進め、鉄道でフランス側のバスク地方の入り口「アンダイエ」の街に移動する。スペイン側からの路線の終点がフランス領内という、いかにもヨーロッパ的な鉄道である。出入国管理はない。アンダイエからはフランス国鉄に約40分乗り、バイヨンヌに向かった。フランス南西端のピレネー=アトランティック県の郡庁所在地で、フランス側のバスク地方の中心地だ。巨大な尖塔を持つカテドラルを中心にした古都で、街のそこかしこにはバスク語の表示がある。フランス領内であるから当然だが、スペイン語は突然通じなくなり、辺りはすっかりフランス語圏になる。レストランなどの料理は、同じバスク料理でもフランス料理との融合であったり、フランス料理風の味付けであったりすることが興味深い。そういえばドノスティアのペンションのイチアが「フランス側のバスク地方も楽しいわよ。習慣や料理や言葉はすっかりフランスだけどね。私たちはエウスカル(バスク語)が通じるから問題ないけど」と話していたことを思い出す。たとえバスク語は話せなくても、ここバスクではゆるやかに重なり合う二つの文化圏を一日(いちにち)のうちに楽しむという、なんとも贅沢な旅ができるのである。
帰路はボルドーから空路ロンドンに戻る予定だ。バスク西端のビルバオ空港に入り、バスク地方を陸路縦断し、最後に東端のボルドー国際空港から抜けるのである。ボルドーは厳密にはバスク地方ではないが、街のあちこちのレストランなどに「バスク風」のメニューがある。ここはバスクの北東の「隣接地」で、実際、この街を拠点にバスク地方を巡る旅程を組む人も多いという。またボルドーは、フランス南西端地域からバスク地方を通過してスペイン北西端に続く巡礼の道「カミノ・デ・サンティアゴ(サンティアゴ巡礼路)」へ続く道の一つ(あるいはその起点)でもある。そういえばビルバオからの道中、巡礼のシンボルであるホタテ貝の殻を身に付けた多くの巡礼者とすれ違ったことを思い出す。現在の文化圏や国境がある以前から、この地には多くの人が往来し、人々の暮らしが現代に至るまで綿々と繋がっていることを改めて思い知る。
バスク地方には、熱すぎず、まぶしすぎないスペインとフランスがあるように思う。どこまでもシンプルで親切な人々の眼差しと笑顔が、道中いつも、どこかの小国で穏やかに暮らす人々を思い起こさせたことが忘れられない。それはまるで、バスクの人たちが独自文化と自身のアイデンティティを胸に、それぞれの心の中ですでに独立を果たしているようにも見えた。
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A Walk Through Beautiful Basque Country – Bilbao, Spain
The Basque Country—Euskadi in its own ancient tongue—is a land straddling borders, carved into the rugged coast of the Bay of Biscay where northern Spain meets the southwestern tip of France. It’s a nation within nations, fiercely protective of its unique history, culture, and language. On the Spanish side, the provinces comprising the Basque Autonomous Community and the neighboring Chartered Community of Navarre possess a remarkable degree of self-governance, a world away from the flamenco and bullfights that define Spain for many outsiders. This is a distinct cultural sphere, one that spills seamlessly across the French border, united by traditions and a spirit all its own. And then there’s the food. Whispers of “the best food in Spain is Basque” are more than rumor; they’re a siren call. It was this potent allure that drew me to walk across the Basque Country in the gentle light of early summer, from its Spanish heartlands into its French embrace.
My gateway was Bilbao, the Basque Country’s largest city. Its international airport connects via Madrid and Barcelona, and while less frequent, budget carriers link it directly to European hubs like London and Paris. Stepping off the plane, I was immediately arrested by the terminal’s design: a soaring structure of white concrete and glass evoking giant avian wings or perhaps a beak, piercing the sky. It’s not enormous, yet its artistic ambition feels both refreshingly unique and curiously nostalgic. In a world of cookie-cutter airport terminals, its impact is profound. Ascending to the second-floor departure hall reveals a cathedral of curves and lines, a vast, vaulted space bathed in natural light filtering complex patterns from the glass canopy far above. Learning it was designed by Santiago Calatrava, the Spanish architect famed for his skeletal structures, made perfect sense. Postcards featuring the terminal are sold throughout the city—a testament to its iconic status. And offering a subtle yet potent reminder of where you are: all signage prioritizes the Basque language, above Spanish and English.
Bilbao, a city of over 300,000, carries the weight of history in its European bones, yet its core is astonishingly pristine and well-ordered. Sidewalks are immaculate; even back alleys lack the vaguely menacing air common in many large European cities. This polish is hard-won. Bilbao thrived as a major commercial hub during Spain’s Golden Age, later booming through the 19th and early 20th centuries on mining, iron, steel, and shipbuilding. The Vizcaya Bridge, spanning the Nervión River estuary—the world’s oldest transporter bridge, recognized as a UNESCO World Heritage site in 2006 and still operational—is a relic of this industrial zenith. But as heavy industry declined across Spain and the region, Bilbao faded, falling into disrepair. This period coincided with intensified Basque separatist movements, parts of which turned to violence and terrorism centered in Madrid, casting a long shadow over the region.
The 21st century, however, brought a new chapter. With enhanced autonomy granted by Spain and the declaration of a permanent ceasefire by the main separatist group, Bilbao embarked on a remarkable regeneration centered on art. The linchpin? Luring a branch of the Guggenheim Museum. The audacious plan was to build the first international outpost of New York’s contemporary art giant in the city center, catalyzing the transformation of a rusted industrial town into a cultural hub. The gamble paid off spectacularly. Since opening in 1997, the Guggenheim Bilbao has become the city’s defining symbol. Its arrival spurred a dramatic revitalization of the urban core, with meticulous beautification efforts befitting a city reborn through art. While there’s a faint sense of an almost too perfect, perhaps slightly artificial urbanity—detached from Spain’s wider economic struggles and high youth unemployment—for the visitor, the result is an undeniably calm, pleasant, and engaging city. Bilbao’s story is one of successful, large-scale urban renewal destined for the history books.
Bilbao nights linger. Sitting at a latitude similar to northern New England, the sky stays bright until nearly 10:30 PM around the summer solstice. The city embraces these long evenings; streets pulse with life until late, the convivial hum spilling from countless bars. These aren’t just tourist spots; seeing local elderly couples and families out enjoying the night alongside visitors speaks volumes about the city’s pervasive sense of safety.
The heart of Basque social life is the pintxos bar. These small bites, akin to Spanish tapas but distinctly Basque, are displayed in dazzling arrays along the countertops. They are meant to be enjoyed with a drink – wine, cider, coffee, or beer. Flavors tend towards an elegant subtlety, and the abundance of seafood often showcases the fresh bounty of the nearby Atlantic, sometimes with a simplicity reminiscent of Japanese coastal cuisine. Indeed, the quality and diversity of Basque ingredients and cooking are legendary, drawing chefs from across Spain. The drink selection is equally impressive. Beyond excellent Spanish wines, the local cider, sidra, is a must-try. Naturally effervescent, it retains the apple’s core sweetness but also a tantalizing hint of tartness and tannins from the skin and flesh just beneath – a complex, refreshing, and utterly addictive flavor.
Journeying east from Bilbao, buses and trains offer convenient passage through the Basque countryside. English isn’t widely spoken when buying tickets, but the transport services themselves run efficiently. My destination was San Sebastián (Donostia in Basque), a coastal city about 60 miles away. Once a summer retreat for Spanish royalty, it’s a stunningly beautiful resort town where the sea breeze feels like a balm. Yet, despite its elegant pedigree, San Sebastián remains accessible, with plenty of welcoming bars and affordable pensiones (guesthouses). Strikingly, it lacks the predatory or overtly tourist-trap vibe sometimes found in resort areas. Instead, there’s an air of mature tranquility, confidence, and, naturally, exceptional food.
At my pensión, I chatted with Itziar, a young woman working there. On Basque independence, she offered a nuanced view: “The desire for independence is still here, but the extreme actions are gone. Now, things will be decided through elections. Many of my friends want independence, but my parents are Spanish and Basque – I’m ‘half,’ you know? So maybe I think it’s better to remain part of Spain.” When I asked about the language, she was emphatic: “In Basque, ‘Basque language’ is ‘Euskara.’ It’s completely different from Spanish in grammar and pronunciation – I’m bilingual.” She added, with a pleased smile, “You know, people say Euskara sounds a bit like Japanese! Sometimes they think Japanese tourists are speaking Euskara.” She even mentioned people telling her that her name, Itziar, sounded Japanese.
The origins of Euskara, the Basque language, remain a linguistic enigma, unconnected to any other known language family. One theory traces it back to people who migrated from Asia Minor (around modern-day Turkey) during the Bronze Age. Perhaps this deep, distinct history fosters an innate openness to cultural plurality. Still, maintaining such a unique identity within the larger contexts of Spain and Europe can’t be easy, especially when that identity isn’t built solely on neatly documented history or easily traced roots. It seems to be something vital and alive, actively cherished and passed down through daily life, woven into the very fabric of the present. (For a deeper dive, the Basque Museum back in Bilbao offers a fascinating glimpse into the distinct, quiet richness of Basque life, past and present, far removed from common Spanish stereotypes.)
Continuing east, I took a train to Hendaye, the gateway town on the French side. The Spanish train line terminates within French territory—a typically European fluidity—with no border checks. From Hendaye, a 40-minute ride on the French national railway brought me to Bayonne, the main city of the French Basque Country, located within the Pyrénées-Atlantiques department. It’s an ancient town dominated by a massive, twin-spired cathedral. Basque signage persists here and there, but the atmosphere shifts palpably. Spanish abruptly ceases to work; French is now the lingua franca. The cuisine reflects this blend – Basque dishes fused with French techniques or seasoned with a distinct Gallic flair. It reminded me of Itziar’s words: “The French side is fun too! Though the customs, food, and language are very French. But we can still communicate in Euskara, so it’s no problem.” Even without speaking Basque, you can savor the delightful experience of two gently overlapping cultures within a single day’s travel – a rare luxury.
My departure route led me through Bordeaux. While technically north of the Basque Country, its proximity makes it a common hub, and Basque influence permeates the city – “Basque-style” dishes appear frequently on restaurant menus. Bordeaux acts as a key gateway, and many travelers base themselves here to explore the nearby Basque region. It’s also one of the historical starting points for the Camino de Santiago (the Way of St. James), the ancient pilgrimage route that traverses northern Spain after passing through southwestern France and the Basque Country. Seeing pilgrims bearing the iconic scallop shell symbol along my journey from Bilbao suddenly clicked into place. It was a poignant reminder that long before modern borders and cultural divides, this land was a thoroughfare, its human stories stretching back in an unbroken thread through millennia.
The Basque Country, I realized, offers a Spain and a France that are neither too intense nor too overwhelming—not too hot, not too blindingly bright. What lingers most is the memory of the people: their straightforward kindness, the warmth in their eyes and smiles, constantly evoking the quiet dignity of people living peacefully in a small, self-contained world. It felt as though the Basque people, carrying their unique culture and identity within them, have already achieved a profound independence of the spirit, right there in their own hearts.
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